With Ribbon(1)

 With Ribbon、陽奈ちゃんルートの話。今回は「二人」の話。



 陽奈ちゃんは「ぐーたらで」「翔太郎くんにとっては例えば手のかかるペットみたいなもので」*1。そしてそれは翔太郎くんの思い込みなどではなくて、陽奈ちゃん自身本当にそういう風に振舞うし、自分で"「食べて寝ること以外に、生き甲斐なんてないよ!」"なんて言っちゃったりするんだけどね。でも、

"(…)陽奈は抱きついたまま、俺の上でごそごそ動く。
ヤバイ。ただでさえ朝なんだし、いろいろなモノが反応してしまう。
翔太郎「ひ、陽奈、俺の上で動くな。っていうか、早く俺から離れろって」
おまえ、頭脳は子どもでも身体は大人なんだから! 特に、俺の胸に当たっているおまえの胸が!!
陽奈「ねぇ翔ちゃん……私、こうしてたらなんかドキドキしてきちゃったよ……」
「……翔ちゃんの心臓もなんかドキドキしてるね……」
って、可愛く頬を染めて言うんじゃない!!
陽奈は陽奈でもやっぱり女の子であって、意識しなくても身体は女の子してるし、どっちかっていうと豊満だし、すっごくいい匂いがするし……。
……って、俺はなに混乱してるんだ。以前は陽奈にベタベタされても、平気だったのに。
女子寮生活のせいで、意識しちゃってるのかな?
翔太郎「ほらほら、早くどいてくれないと、朝ご飯作る時間、無くなっちゃうぞ」
陽奈「はっ!! それは駄目だよ、翔ちゃん!!」"

 いわゆる共通ルートに当たる部分においても、陽奈ちゃんはこんな風に、不意にそれ以外の姿も覗かせる。と思ったら、いつもの姿に戻る。見ていると、陽奈ちゃんは周りや自分の行動を客観的に見ることができる賢い女の子であるらしいことは普通に見て取れて、彼女は多分ただ単に、「ぐーたらしてていいからぐーたらしてるだけ」なのだろう。いや別に、彼女が自覚的に/戦略的にそういう風に振舞っているというわけじゃないけど、でもまあ陽奈ちゃんはやろうと思えばそれ以外の振る舞い方も簡単にできるんだろうと。
 そこでさ、じゃあ陽奈ちゃんがどうしてそんな風にぐーたらする/翔太郎くんをドキドキさせないポジションを普段(無意識的にでも)選択しているのか、という理由は、多分彼女自身の中でも明確ではないのだろうと思われてね。


 あえて"作品"というくくりを使うけれども、この作品において、そもそも決定的なものというものは少ない*2。三日間のうちに翔太郎くんがママとキスしなければならないとするはるかちゃんの考え自体がそもそも根拠のないものだし、時間や記憶や因果関係はなんだかひどく曖昧でもある。翔太郎くんがある女の子とくっつく可能性と、別の女の子とくっつく可能性は、非排他的に共在している。
 それで、陽奈ちゃんの中でも、翔太郎くんと幼馴染としての関係を選ぶべき確固たる理由があるわけでもなく、さりとて単なる幼馴染でいいと思っているわけでもなくて、彼女の心の中ではその二つの有り様は同時に存在しているのだろうと思うので。


 翔太郎くんは陽奈ちゃんに対して、例えば「頑張っていい結果が生まれたら嬉しくないか?」というようにして彼女が頑張る方へ誘導する。翔太郎くんは「頑張らないと悪いことが起きるよ」というような、頑張らなければならない確固たる理由を提示するわけではない。
 頑張らなくちゃいけないわけじゃないし、頑張らなくたって陽奈ちゃんと翔太郎くんの関係は割と上手くいく*3。「陽奈ちゃんが頑張らねばならない」なんてことは全然ないんだけど、でも、

"俺は陽奈と一緒に料理をした。
陽奈とは長いつきあいだけど、こうやって一緒に料理をしたことはあまり無かったから、やっぱり新鮮で楽しく感じられた。
こういうの……なんかいいよな。
陽奈「翔ちゃん先生! こんな感じでいいでありますか?」
翔太郎「うむ、上出来だ!」"

 陽奈ちゃんが頑張ると、二人の間に新しく楽しいことを見つけ出すことができる。それは二人の間に新しい関係を生むような楽しさでもあるし、同時に、二人のこれまでの関係の延長線上にある楽しさでもある。
 これまで何年間も積み重ねてきた日々とさして変わることのない、なんでもない三日間。たったそれだけの間に「何かを積み重ねて、そして決定的に変わっていく」なんてことが出来るのかどうかはよくわからない。ただ、新しい有り様、新しい可能性を見つけて、そしてこれまでのあり方に付け加えていくことならきっと普通にできるんだろうと。



 それでね。

"陽奈「えっ……だから、お礼のキスを……しようかと、思って……」
翔太郎「なんでそうなるんだ?」"

"陽奈「イヤ?」
頬を優しく何度も撫でられ、それがとても気持ち良かったりするけど、同時に恥ずかしさもこみ上げてくる。
翔太郎「い、イヤかイヤじゃないかって聞かれれば、そりゃ、別にイヤってことは無いけど……」
陽奈「じゃあ、しよう?」"

"陽奈「私ね、最近、ずっと考えてたんだ。翔ちゃんと私、このままでいいのかなって」"
"俺にとっては何度か繰り返された同じ毎日の中で、俺たちの身の回りではいろんなことがたくさんあったことは事実だ。
それらのことについて、陽奈の中でもいろいろと思うことがあったっていうことなんだろうか?
陽奈「…………翔ちゃん」
翔太郎「…………陽奈」
陽奈「………キス………しよう?」
俺は半ば混乱する頭で、俺たちはそっと顔を寄せあっていって……"

 陽奈ちゃんの言う"最近"というのが、この三日間くらいの話なのか、それとももっと前からのことなのかは、明確には示されていない。"このままでいいのかな"っていう彼女の問いにも、明確な答えがあるわけではない。そこで、けれどあれこれと答えを出すために言葉を重ねるのではなくて、ただ単にキスをするというのは、とてもしっかりはっきりとしたやり方で、そうしたやり方ができる陽奈ちゃんは実際とても格好がいい。新しい可能性や新しい関係の端緒を見つけたとして、それを自分たちの傍に引き寄せる、二人の関係性として自然に位置づけていくことは、キスによってこそ果たされるのだろう。
 ループする三日間の目標に「キスすること」を掲げたはるかちゃんが、そのことを明確に分かっていた、というわけでは、もちろん無いのだろうけれど。

*1:冗談交じりながら翔太郎くん自身がそう言う

*2:できれば後の記事でこの辺りについてはまた述べたい

*3:誰ともくっつかずにループし続けると……