Peace@Pieces(1)

 半年くらい前に書いた文章を見つけた(存在を忘れてた)ので上げてみる。

"杏「ヒカルさんのお料理、ほんとに凄く美味しかったですよ…」
ヒカル「えへへー。アンズちゃん、ありがと」
杏「ひさとさん」
杏はひとつ息をつき、俺の方へと顔を向ける。両手を前でそっと組み、杏の唇はゆっくりと言葉を紡いでいった。
「こんな…こんなに、してもらって、わたくし……恐縮です…」
「ほんとうに、ありがとうございます」
心からの感謝の言葉だ。ひとつひとつ俺の胸に染みこんでいく杏の言葉が、なんだかこそばゆい。
久斗「……いいんだよ、俺がしたかったんだから」"
(杏さんを晩御飯に招いた日、食事が一段落した際)

 なんていうかね。晩御飯に呼ばれて、賑やかな食卓でご飯を食べて、多分杏さんの中で、それに対して感じること思うことは色々あるんじゃないかと思うんだけど。でもそれについてあれこれ言うのではなくて、ただ、ありがとうございます、という言葉が静かに落ちるのが、いいなあ、と思う。
 杏さんのこのときの言葉の調子を、実際に聞かないと伝わらないかもしれないけど、それはいわゆる万感こめた言葉っていうのじゃなくて、もっと静かなもので。ただシンプルに、心を込めた感謝の言葉なんです。
 それで、その後の会話。

"杏「……わ、わたくしも、ひさとさんが兄様だったら素敵だと思います」
久斗「……………」
に、にいさま……? 杏が小さく囁いたその響きは……俺の胸の中でキュンと鳴いた。
今ちょっと、邪念があったかもしれない。けれど、それは胸の中にそっとしまっておけと、もう一人の俺が言う。
それには俺も賛成だ。一人で納得している俺に、ヒカルと杏、二人ぶんの不思議そうなまなざしが注がれる。
久斗「……なんでもないぞ?」
俺は皿の上に残っていたさくらんぼをつかみ、それを口の中に放り込んだ。腹はいっぱいだった。
だが、これ以上口を開けていたら、またうっかり突っ込まれるような事を言いそうだ。
口の中に広がった甘酸っぱさと一緒に、さっきの胸キュンは飲み込んでしまおう。
――しかし、腹いっぱいだ。"
(上と同じシーン)

 久斗さんの心の中には、例えば胸キュンがあったり、見守るような心持ちがあったり、どうしたって一筋縄ではいかないとは言えるだろうけども。でもそれはしまっておいてよくて、腹がいっぱいだとか、暖かいとか、とりあえずはそういったことを追っかけて、それによってヒカルちゃんたちと送る生活やら日々やらが送られていくのだろうとは思われて。ただ暮らしてるだけで、それこそお腹いっぱいに色んな気持ちやらものごとやらは積み重なっていくんだろうと思うのです。きれいな気持ちも邪念もひっくるめて、お腹いっぱいに、まあ、いろんなことがある。
 でもそれは、いろんなことを丸めて団子にしてしまって適当に扱う、ということではないんです。それはただ"胸の中にそっとしまって"おくということであって、色んな気持ちを、陽に紐解くわけでもなく、外に出す*1わけでもなく、でもちゃんと誠実に受け止めて、必要になるときまで"仕舞って"おく。それはさっきの杏さんの"ありがとうございます"の中にある気持ちとも通じる態度なんだと思うし、そんな風にしていろんなことを大切にしてくれる久斗さんが好き。



 あと関係ないけど、この一節とか。いーよねえ。

"涙もろく、テレビを見ていてもすぐに泣き出すヒカルの対応に俺も慣れてきて、今ではハンカチを常に持参している。今はまだ出さなくても大丈夫そうだが。"

*1:表立って伝えない、というだけの意味ではなくて、暗に伝えることもナシで