春季限定ポコ・ア・ポコ

 あんまり沢山引用とかしても仕方ない作品かな、と思うので、ぐだぐだした書き方で。ただ、いつもより更に、未プレイの人が読むことはお薦めできないかも。ということで一応畳んでおきます。


"彼方「――春花なのか?」"

 とにかく序章はこう、彼方くんの願いのあり方が強烈ですね。春花さんの存在は、彼方くんや桜ちゃんの存在に深く根を下ろしていて、そもそも春花さんが「居る」「居ない」そういう区別が存在しないはずの人で。なのに居ないっていうんだから困惑するしかない。桜ちゃんのポータブルプレイヤーにしてもそういう話だろう。
 だから、桜ちゃんが「彼方」と呼んでくれたときに彼方くんが見たのは、春花さんが居た頃を取り戻せる可能性でもなければ春花さんを弔える可能性でもない。ただ彼方くんはそこにプリミティブな憧れというか、なにか願いのようなものを見て取っていたんだろうと思う。予備審査の日の出来事もそう。そりゃもちろん、春花さんは理屈で言えば居るわけがない。それは彼方くんにだって分かっている。でもそういう理屈は関係なくて、そこにはただプリミティブな願いがある。



 彼方くんと夏海ちゃんとの夜中のメールのやり取り。春花さんからのメールのことを別にすれば、彼方くんにとっては夏海ちゃんはある種、春花さんをめぐる衛星の仲間みたいな気分なんだろうし、その上で音楽を続けている夏海ちゃんへの尊敬みたいな気持ちもある。夏海ちゃんからすればまた全然違う気持ちがあるんだけど、どっちにしても春花さんの不在を意識していることは同じだ。んで、夜は人の輪郭を曖昧にするから、その辺を曖昧にしたままサシで話ができる。
 あと藍ちゃんとの夜中の寮でのやり取りについては、むしろなんか惰性の力みたいなものを感じたところ。惰性といっても藍ちゃんルートの彼方くんの大雑把さを見るに、過去未来現在がずっと同じというよりは、テキトーに変化も受け入れつつやっていくみたいな感じだけど。実際、ほんと彼方くんは勢いで行動してるよな、と思うことは結構ある。



"桜「……忘れたくない気持ちはわかるよ」
まるで俺の気持ちを見透かしていたかのように桜が答える。
「だけど、春花にとらわれたまま生きていくことが」
「野々宮の本質だとは、私には思えない」"

 夏海ちゃんの章の途中で、彼方くんに対して桜ちゃんはさらりとこの言葉を告げる。だけどこれって、考えようによっては壮絶にキッツい言葉だ。桜ちゃんが言っているのは、裏を返せば「所詮、彼方くんが春花さんに殉じることはできないんだ」ということなんだから。彼方くんは綺麗事ばかり言う割に衝動で行動するし、素直で単純だし、鈍感だし、色仕掛けに弱いし、どうしたって誰かに殉じるタイプではないのはそりゃその通りなんだけどね。言うたら、ちょろいんですよ。彼方くんはあっさりと春花さん以外の女の子に惚れるし、桜ちゃんにしてもいつの間にか春花さん以外のひとのことを「友達」と呼べるようになっていたりする。けどそれにしたって、あまりに桜ちゃんの言い方は身も蓋もない。
 あるいは夏海ちゃんにしても、例えば夏海ちゃんの章の中盤、彼方くんを説得して告白する辺りとかねえ。「彼方くんがいつまでも立ち止まっていたら春花さんが悲しむから」って夏海ちゃんは彼方くんに告げる。それはもちろん正論なのだけれど、夏海ちゃんにとっての一番強い理由がそれなのかといえば、どうだろうね、という身も蓋もない話はあってさ。
 自らの浅ましさを半ばさらけ出しつつ、といってその浅ましさに真正面からがっちり向きあうというほどでもない。むしろ、浅ましさを抱えたまま正論を吐くというような態度なのだけれど、だからこそその「正論に身を捧げるよりない後のなさ」によって、夏海ちゃんの言葉には奇妙な説得力がもたらされているように思う。



 んで、「さよなら」の話。「彼方くんが立ち直る」「彼方くんが春花さんを喪う」この二つは同じことを言っていて、どちらも正しいし、多分どちらの面を強調しても嘘になる。「さよなら」という言葉はその両方を等しくもたらす。
 ただ彼方くんがどうして「さよなら」と告げることを選んだかといえば、それは彼方くんが言うとおり、"もう立ち止まらない"ためだ。人生はポコ・ア・ポコなんだよ、って春花さんは言うけれども、これはポコ・ア・ポコに進歩してきたから無事春花さんに別れを告げられたよ!っていう話じゃなくて、人生はポコ・ア・ポコなんだと納得することによって彼方くんは漸く別れの言葉を告げられるという話なんだ、といった方が実情に近いように思う。

"俺は夏海を優しく抱きしめながら、自分自身の涙を何とかこらえる。
泣かない。
少しずつでいい。強くなるんだ。
もう立ち止まらないんだ。
支えられるだけじゃなくて、支えるんだ。
だから、言わなければならない。
ずっと怖くて伝えられなかった言葉を。
抱えきれないくらいたくさんの想い出をくれたあいつに、
ずっとそばにいて、俺達を支えてくれたあいつに、
大好きだったあいつに――"

 ぐだぐだ書いてきたけれども、まあ要するに、彼方くんのこういうところがとても好きなんだと思う。春花さんのことが大切で大切で仕方なくて、でも春花さんはもう居ないということが納得できてしまって、そして自分と夏海ちゃん達のためにも春花さんに別れを告げなくてはならないことも分かっているから、自分に言い聞かせるようにして顔を上げる。そういう、甘ちゃんでとても優しいところがさ。