石川ユウヤ"四人の魔女とエメラルドのキス"

 例によってのタイトル買いで、とてもよかったので。

"「たった一人で他の魔女と戦おうだなんて、僕が許さない。あの人が僕を選んだ。あの人の言葉は、すべてに優先するんだ。いいかい。四人の魔女を統べるのはこの僕だ――」
そこまで言って、僕はハッと口を押さえた。
僕は何を言ってる?
あの人って――誰のことだ?
火澪沙耶は僕をにらみつけていた。その肩が震えていた。瞳の奥には烈火が燃えていた。
「……なによ。しっかり憶えてるんじゃない」"(52p)

 欠落した記憶と、そもそも欠落しているのかさえ分からない微かな断片は全然違うし、麻琴くんが抱えているのは後者だ。麻琴くんの口をふいについて出る言葉が何か「冬莉先輩」への強い気持ちを感じさせるけれど、その気持ちについて、麻琴くん自身も知らない。その気持ちは麻琴くんの中ではない、もう少し遠い場所にある。

 そして、それが火澪さんの気持ちや言葉とシンクロ/反響しあうんだよね。
 あこがれ*1っていうのはある面ではみずからの外側から訪れるものだし、必ずしも真善美に基づいているようなものでもない。そういう気持ちが互いに反響しあうときに生まれるのは、「分かる分かる」っていう強い共感ではなくて、「自分たちは同じものの方を向いている『のではないか』」みたいな、もっと曖昧な感覚なんじゃないか。

"古びた蛍光灯の光は、犬のぬいぐるみの毛を黄ばんだ色に染めている。けっこう古そうなぬいぐるみだし、実際に黄ばんでいるのかもしれないが。
僕はその毛を撫でた。
「バトンで殴るなんて、ひどいよねえ、トト」
「トトはあんたの言い分なんて聞かないわよ。飼い主はあたしだもん」
「横暴な飼い主だねえ、トト」"(139p)

 そんな二人が、火澪さんの部屋で静かな夜を一緒に過ごすところ。
 犬のぬいぐるみのトトの名付け親は火澪さんだけれど、火澪さんはトトに話しかけたりはあまりしなくて。だから麻琴くんがトトに語りかけるとき、トトの置かれた文脈は揺らいでいる。
 同じ時間/同じ場所/同じぬいぐるみのトトと一緒に過ごしたから絆が生まれるよっていう話ではなくて――いやそういう要素もあるにはあるんだろうけど、それだけではなくて――二人の間にあるのは、共感未満、絆未満の、手探りな繋がりなんじゃないかと。


 243pの辺りも凄いなあと思うのですが、うまく言えない。

*1:語弊のある表現。多分もっといい言い方があるんだろうけど