貧は僕らの福の神

毎朝、家の裏にある山に水を汲みに行く大地くん。

"子供の頃からずっと続けている習慣で、最初は親父についていって子供用のじょうろに水を汲んでいるだけだった。"
"容器が大きくなるにつれて、往復の回数は減っていく。
朝の貴重な時間を、徐々に有意義に使えるようになっていくのが、俺の成長の証だった。"

それがいつの間にか――別に長くはないけれど、でも高校生の子達にはけして短くはない時間が経って、本当にいつの間にか――こんなことになっている。えらい楽しそうな光景で、見てるだけで頬が緩みます。

"ポリバケツ、底の深い鍋、妖しげなフラスコ、ティーポット……。
女の子がめいめい好きな容器を持って俺の後に続いてくる。"


吉乃さんも大概にナチュラルに魔性の女めいたアトモスフィアがあってね。金の話をしても、一緒にお風呂に入る話をしても、どうしたって生臭さはとれるものじゃない。というかむしろ、まず最初はそういう生臭い事情によって吉乃さん達との寮生活は始まるので、それ以外の実感とかそういうものは後からついてくるものだったりすることもある。

"薫「そう。お礼くらい言いたかったんだけど」
大地「感謝の気持ちは伝わってるさ」
それはお互いに。
長く生活を共にしていれば、ああいう絆も生まれる。
いつか、俺たちと薫もそういう絆を作れればいいと思う。
薫「本当に……家を出ちゃったのね、アタシ」
彩「うん。今日からはここが薫ちゃんの家だよ」"

ああ家を出たんだ、という実感は、それを決めた時に訪れるものじゃないし、家を出た瞬間に訪れるものでもない。それは例えばこれから暮らす寮の前に立って、大地くんや彩ちゃんと話している時とか、ずっとお世話になって来た運転手さんが帰ったと聞いた時に訪れるものだったりする。それは、ああそうなんだ本当に家を出たんだ、と感じるそれ以上のことはないけど、それ以下のものでもない。
それはほんと、いつの間にか、っていうことだと思うんですね。


ああ、あとそういえば、桜色吉乃さんが良かったです。柄とか色合いとか、とても素敵素敵。