ワガママハイスペック

"現国教師「みなさんお静かに。あまり騒ぐと他のクラスの迷惑になりますからね」
ぱんぱんと手を叩いて、先生が浮ついた空気を引き締めにかかる。
それを合図にさっと静かになる辺り、このクラスの連中はだいぶ真面目だ。
そして、先ほど返却されたテストの答え合わせもほどほどに、いつもどおりの授業が始まった。
意識を黒板に1、ネタ帳に9の割合で配分して、さも勉強しているかのようにペンを走らせていく。"

 初回プレイ時、冒頭も冒頭のこの場面、授業の方に1割の意識を配分しつつって言い種でまず驚いたわけです。その時にとったメモに曰く、"社会性高いな! どう振る舞っておくべきか、というTPOを割と真面目に守るのなー。"
 高校の授業ぐらいは、と言うのもナンだけれども、トラブルのせいで緊急の作業がある時くらい、多少授業を聞き流してしまっても悪くはないとは思うのだけれど。でもそういう時でも幸樹さんは、何だかんだでちゃんと黒板にも意識配分をする人らしいのである。それも別に、ことさらの分別や理屈に基づいて敢えてそうしているというよりは、単に板についた自然な振る舞いとしてそうしているように思える。一種の礼儀正しさ、とでも言うのかなあ。

"かおるこ「――そうだよ」
質問する前に、聞かなくてもわかるとばかりに首を縦に振る会長。
ってことはやっぱり……。
「私がしかくん。幸樹くんの……ううん、いもさらだ先生のパートナーって言えばいいのかな」
「いつもお世話になってます、いもさらだ先生」"

 そんで相方のかおるこさんも、超がつくほど真っ当というか、社会性が高いわけです。この言い直しをする所については、おおう、と思ったところ。それは確かにその通り、しかくん先生はいもさらだ先生のパートナーではあっても、幸樹くんのパートナーではない。ないが、そこでわざわざ"正しい言い方"に言い直す辺りが、かおるこさんの真面目さ、礼儀正しさの発露であって。


 じっさい、二人の間柄においては、高校生の男の子女の子同士であるルールよりも前に、お仕事上のパートナー同士のルールが先に来がちなところはある。
 といっても別によそよそしい距離感っていうわけじゃない。お互いにちゃんとした信頼があるから、遠慮ばかりしなくちゃいけないわけじゃない。けれども、その信頼関係がある理由もまた、二人が仕事上のパートナーとして積み重ねてきた時間のせいでもあるから、実際の振る舞いが一種のpolitenessをそれなりに含んだものであるのもまた、当たり前のことだ。
 表面的にはどうあれ、幸樹さんも、かおるこさんも、遠慮をしてないなんてことはない。だからこそ、ワガママ言ってごめんなさい、っていうあの夜の言葉はきっと、そこを敢えて踏み越えてしまっていたかおるこさんの、ずっと続いていた不安の現れであっただろう。

"幸樹「ただここまでの全ての言動が計算尽くだったら策士キャラですけど、会長の場合ただの天然だろうしなあ」
かおるこ「すごいよ幸樹くん。こんなにまっすぐ目を見て人格に文句をつけられたことって私はじめて」
感心された。もちろん皮肉だろう。お互い冗談の上で。
「というか、もし本当に策士キャラだったら、前提として私が幸樹くんのこと好きになってなきゃいけないでしょ」
「だから間違い。不正解。私は天然です」
「あ、違う違う天然でもないよっ」
さすがに天然モノのレッテルは嫌だったのか訂正を入れる会長。
とはいえそうだ、計算じゃないんだよ会長は。"

 この辺りとか、なんともくすぐったいです。
 天然だよ、天然じゃないよ、っていうかおるこさんの言いようは、なんか分かる気がするのですよ。かおるこさんは、基本的には計算じゃなく素直に幸樹さんに接している――そして同時に、そう接したいと思ってもいる。でもかおるこさんがその自分の中にある気持ちを、いつでも何も考えず幸樹さんにぶつけてるわけじゃないのも確かな事実だろう。だから結果としてかおるこさんは、天然でいたいような、天然ではないような、そんな"自分"になってしまうところがあるのかなと思っていて。
 幸樹さんも、かおるこさんが遠慮や気遣いができる人であって天然で誰にでも馴れ馴れしい人っていうわけじゃないこと、けれど計算尽くで何かをコントロールしようとする人ではないこと、そしてまた恋愛感情を向けられているわけではないことも分かっていて、だからこそ彼女の近すぎるように思える距離感に疑問を抱いてもいる。それはある種、信頼しているがゆえに分からない、ということであって。

"かおるこ「だってこんな経験めったにできないよ! SAY! わー!」
幸樹「わ、わー!」
かおるこ「じゃあ、明日に向かって走ろう! わーーー!」"

 そんなかおるこさんの、目をくの字(こういうの→ >ワ<)にしてる立ち絵がすごく好きなんですよね。
 あんな風に気遣いや遠慮を放り捨てはしないままに、わー、と叫びを上げて駆け出すことができるのは、どうにも彼女一流の独特なもので、ひどく魅力的だよなあと思う。そんなことなかなか出来ることではなくて、少なくとも幸樹さん一人では無理なことには違いがない。眩しい人なんです。


"だって俺を見る鷹司さんの視線は……いつも通り、何を考えているのかわからなかったけれど、
かおるこ「私は……」
千歳「…………」
会長を見守る鷹司さんの目は、やっぱり優しく感じたから。"

 対する幸樹さんはかおるこさんよりずっと意地っ張りというか押し込めがちで、ちょっとした信頼できない語り手の一種だろうこれ、というレベルでちょいちょい自分の気持ちを隠しているように思われる。そんな幸樹さんの、鷹司さんへの信頼ぶりも大好きなんですよね。
 幸樹さんは何というのかな、"大人としての振る舞い"を、ある程度鷹司さんに任せてもいいように感じている、ように見える。鷹司さんがちゃんと突っ込んでくれるから、幸樹さんも子供っぽく暴走できるっていうかさ。割と幸樹さんが明確にボケに回ってるのって鷹司さん相手くらいですよね。逆にかおるこさんに対しては、幸樹さんはまだまだどうにも格好をつけているところがあるから、だからかおるこさんへのあの問いかけが零れ落ちたのも、きっと鷹司さんが一緒にいてくれたからこそだったのじゃないかなあ、とも思っていて。
 幸樹さんにとっての鷹司さんは、月並みな喩えではあるけれども、歳の離れた姉みたいなものでもあるものかな。この三人が会議室で一緒にいるとこ、ほんと好きですね。柔らかさと硬さの入り混じった、独特の距離があって。