夏恋ハイプレッシャー(2)

"月「そうだね。充実。うん、充実してるーって思う。空ちゃんが来てくれてから文句なしに」
空「大げさだなぁ。別に俺がいなくたってそれはそれで充実してるでしょ。月の性格ならなおさら」
月「くす、分かってないなぁ空ちゃんは」
そう言って一歩前に出ると、振り返って大きく両手を広げて見せる。
俺も立ち止まっていたずらっぽく微笑む月を見つめる。
「ここでまた空ちゃんと会える日を、ずっとずっと、ずーっと楽しみにしてたんだよ、わたしは」
「ここでまた会おうって約束。またここで会えるからって空ちゃんが言ってくれたの、信じてたから」
「わたしは、こうやって空ちゃんとまた一緒にいられる日を待ってたから。だから今が一番充実してるんだよ?」"

 いやね、空さんが言うのも分かるわけですよ。月さんが、空さんが居なきゃ満たされてなかったり物事を楽しめなかったりするのかと言えば、それはそうじゃないだろうと。でも月さんが「分かってないなぁ」っていうのも、それもやっぱり頷けることだ。だから、楽しいとか満たされてるとかっていうことからはちょっとだけズレた場所に、充実、って言葉はあるんだろう。

"月「わたしさ。お祭りとかみんなでワイワイやる感じ、すごく好きなんだ」
(…)「だから今年は絶対に碧空祭に参加したかったんだ。空ちゃんはちゃんと約束守ってくれるって信じてたから」
空「期待してなかったって言ってたくせに」
月「期待はしてなかったけど、信じてたんだよ。それはそれ、これはこれでしょ? あははっ」"

 だからこの月さんの言葉には、うん、と頷いてしまうわけです。
 これは別に十全な定義ではないけれども――"「空ちゃんと同じものを食べて、同じように感動して」"そんな風にして一緒に過ごせることが嬉しいことだと、そう月さんが知っているっていうことが、「信じて」るってことだと思うのです。そこに、現実にそうなのかそうでないのかは、別に関係がなくて。

 空さんと月さんが会っていなかった十年間、電話もお手紙のやり取りもいっぱいしていたとはいえ、別に電車に乗って会いに行くことだってできたはずではある。でもそうしなかったのは多分、"「もう少し大人になったらどこに居てもいつでも会えるって」"その言葉を「信じて」いたからなんだと思っていて。わざわざ遠出をして会いに行くなんてのは、二人が会うことを、ケのものでないハレのものとして扱ってしまっているみたいじゃないですか。そりゃハレでもケでも空さんと会えれば楽しいだろうし嬉しいだろう、でも月さんが信じていることとそれとは違うことのはずで。
 それをまっすぐな想いだとか、あるいは不器用だよねとか、そんな風に劇的に語ることもできるっちゃできるんだろうけど、それもなんだかしっくりも来る話でもない。結局空さんは碧空学園に来てくれたんだしさ。実際、空さんのお母さんが幼い空さんに対して言ったように、少しだけ大人になりさえすれば、いつだって会える――それは大人の視点から言えば当たり前っちゃ当たり前の、先の言葉を使い回すなら、ハレならぬケのことだったわけでね。空さんも月さんもそれを信じていたし、それはなんやかんやあったりなかったりしたとはいえ、結局普通に果たされたわけで。だから今更それを大仰に語る必要なんてなくて、ただ月さんの「約束守ってくれてありがとう」という、その言葉で過ぎたるも及ばざるもなく十分なのだと思います。

 ……とまあここまで書いてて思うけど、やっぱり精度が高すぎる。空さんと月お姉ちゃんのお話聞いてるだけでひたすら楽しいです。次はアレかな、ネコぱらに手を出してみる感じかなー。