ラズベリーキューブ(2)

 言葉を選ぶということでいえば、みなとさんのことはやはり印象深かったです。

 みなとさんは、勢い任せに悟さんに体当たりしてきてるのかと思いきや――作中ではあまりその辺りのことについて明確に語られないんだけど――いろいろと様子を見ながら振る舞いを選んでいるひとであるらしいのだよね。まあ、言うても半分くらいはやっぱり勢い任せっぽいのだけれども。

みなと「けど?」
悟「お客様扱いは今日までだからな?」
なんとなく照れくさくなって、視線は外しながら狩野の頭に手を置く。
「俺は部員なんだから部長としてコキ使ってくれ。労働力として期待してたんだろ?」
みなと「そりゃそうですけど」
きっぱり認めるのが狩野らしさだ。
「少しずつ慣らしながらでいいんじゃないですか? 過酷ですよ農作業は」
悟「過酷だから手伝うって言ってるんだろ」
みなと「知ってる! レディファーストだっ」
悟「はいはい、レディファーストレディファースト」
みなと「むっははー」
「先輩がそこまで農夫としての志に燃えてるとは、嬉しい驚きです。そのやる気に水を差すわけにはいけませんね……」

 近江谷宥といえば男の子と女の子の間に展開される言葉のドッジボールだよね、という認識はある(※個人の感想です)。でも、みなとさんルートではドッジボール感がだいぶ薄かったですね。とはいえ普通にキャッチボールしてるかといえば、またちょっと違う……はて、なんと言えばいいかな? お互い様子を見ながらボールを投げ合ってるのはそうなんだけど、相手の欲しがってるとこに投げようとしてるわけじゃない、と言えばよいのだろうか?

 だからこそコスモスの話とか、一日一善を世直しプロジェクトって言い出すとことか、ああいう半歩ずらした感じになるのかな、とか。

 2018/12/18追記:うーん、やっぱりあまり正確な表現じゃないかも、という気がしてきた。別に、わざと相手の欲しいとこを外すような意地悪なことをしてるって意味じゃないので。ただ例えば、悟さんが「このこと(例えば花を育てることについて)話したい」というサインを出して、それにみなとさんが応える……というようなコミュニケーションは、全くないわけじゃないにしてもあまりないよね、という気持ちがあって。だからむしろ、どういうボールが欲しいかをあまり言わない、といった方がまだしも正確なのかもしれない……。


みなと「じゃあやっぱり、さっきわたしがツッコんでたのも的外れってわけじゃなかったんですね」
悟「畑のお手伝いをしてくれたのは、一日ひとついいことをしようプロジェクトのわけですよね? ってことです」
ああ、昼休みの話か。
「そうだな。あの日は人助けしたってことでカウントしたし」
みなと「わたし、『人助けしたってことでいいな?』って念押しされましたもん。思い出しました」
あれ、そんなこと言ったっけか……?
「でも、二回目以降は先輩の純粋な優しさですよね?」

 このみなとさんの『確認』がさ、すごくぐっと来たのですよ。

 みなとさんは悟さんの事情を聞いて、そこに勝手に感情移入したり思い入れたりはしないんですね。悟さんの事情は悟さん個人のものであって、みなとさんがなにか決めつけてしまえるようなものじゃないのは、そりゃそうだろう。

 でもその上でみなとさんはここで、悟さんとみなとさんの関係に関することに対して、まっすぐに踏み込んでいくわけです。それは悟さんとみなとさんの間にあるものなのだから、みなとさんには本気でぶつかっていく権利がまちがいなくある。

 「最初は一日一善の一環だったんですね、でも二回目以降はそうではないですよね」と、頬に指を当てて、問いかけるというよりはなかば確認するように。それが問いかけでなく確認という形になるのは、二人が積み重ねてきた時間は、二人の間にあるもの、二人の共有物だからだろうと。一緒に畑を作ってきた時間の中に悟さんのどんな優しさがあったかは、悟さんだけが知っているものじゃなく、みなとさんも隣で見てきたものだったのだから、それはただの決めつけなんかじゃないんです。

 このときのみなとさんの言葉が「みなとさんが悟さんの心根を知っていること」じゃなくて「みなとさんと悟さんが一緒に農作業をやってきた時間」っていうもっとずっとつよい1ものを拠りどころにしているように見えるのが、ぐっときた理由なのかな、と思うんですね、きっと。ただ無遠慮にぶつかっていくのとはどこか違う、でもどこまでもまっすぐで"本気"な体当たりが、みなとさんを見ていていつも格好いいなと思うところです。


みなと「今から植えれば秋にわんさか採れますっ! 吾妻ブランドのおいしいとうもろこし、育てるなら今ですよ」
悟「お前が言ってた冒険ってのはこのことか。わくわくしてきやがった」
みなと「でしょう? とうもろこしは育つの早いからすぐに実感を得られますよ」

 あとね、畑になに植えてなにを育てていくかについて、予めガチガチに栽培計画立ててるんじゃなくて、その場の勢いとか二人で話したりとかで決めてるとこがだいぶ好きだったりします。いいよねぇ。



  1. 「つよい」っていうのもなんか語弊があるので難しいのだけれど。なんて言えばいいんだろうね。