迷える2人とセカイのすべて(2)

 鈴蘭さんの、普段割と大人っぽいのに、ときに飛躍してしまうところが好きです。

ここがどういう場所なのか、本当はきちんと話してから彼を連れてくるつもりだった。
一馬「なあ、結城――」
鈴蘭「やー、その、別に何でもないって言うか、矢神くんは知らなくてもいいって言うかさ……」
(…)
突然こんなところへ連れてきて、その上こんな話まで聞かせてもしかして嫌われちゃったかな。
鈴蘭「わたしの話は、これでおしまい」
そう告げてから、わたしは矢神くんの視線から逃げるように家族のお墓の方を向いた。

 海辺の丘に一馬くんを連れて行くことに、鈴蘭さんはうまい理由をつけられなかった。

 ここでいう理由というのは、あるいは、言い訳、と言い換えることもできる。 実際、他人に自分のことを知って欲しいと願ったり、重い話を聞かせたりするときには それなりに筋の通った理由や手続きや説明が必要だというのは、一つの世の中の決まりみたいなものだ。

 鈴蘭さんは当然それを知っているし、だから理由や手続きなしに一馬くんに話を聞かせてしまったことで、「嫌われちゃったかな」なんて思ったりもする。 それでもどうにも、鈴蘭さんは何も言わずに一馬くんを連れてくるより他にできなかった。

 たとえば「一馬くんのことが好きだから」という説明をつけてみても、どうもしっくり来ない。 好きだから知ってほしい、という論理はなんだかピンと来なくて、知ってほしいから好き、の方がまだしもわかる気さえする。 そもそも鈴蘭さんは、一馬くんのことを「なんで」好きになったかを語ってないですよね。 物語の開始時点ですでに鈴蘭さんは一馬くんに好意を抱いてるように見えるんだけど、その経緯は特に語られないままになっている1



 こんな出来事があって、だからあなたのことを好きになって、だから自分のことを知ってほしくて……そんな風に順序立てた因果を綺麗に整理できるのなら、きっとそっちの方がよいのだろうけれど、実際そんな風にはなっていない。

桃華「そんな、私のためにやったことだから、お礼なんて」
フィア「でも、トーカともいっぱいお話できるの! フィア、トーカのことも大好き!」
てらいのないまっすぐな好意を向けられて、冴木が戸惑いに視線をさまよわせる。
だが、やがて、おずおずと冴木はフィアの手をそっと握った。
桃華「……あなたを、少しでも助けられたなら良かった」
ぽつりとそう呟きながら、冴木がかすかに微笑んだ。まるでフィアの笑顔が、冴木にも伝染したみたいだ。
フィアを中心に、仲間たちの絆が深まっていく。これもエルフの不思議な力なんだろうか?

 この「絆が深まっていく」っていう一馬くんの独白も、正直なところ、一周目に読んだ時にはあまりピンと来てなかったんですね。 でも二周目、三周目と重ねるにつれて見えてくるものがあって。

 フィアさんを見つける前から、一馬くんたちは楽しそうにどたばたと見えない少女探しをしていた。 だから、最初は衝突してたけど少しずつ仲良くなっていったとか、そういう絆の深まり方とは違う。

 じゃあ何が変わっていっているのか? 何が昨日と今日で違うのか? 一馬くん視点からは――というより、誰の視点からも――はっきりと見えるものではない。 実際、何がターニングポイントだとか何が変化したかとか、そういう整理された形で何かが語られることはとても少ない。

 けれども、ちょっとずつ深まっていくものがある。 形や振る舞いに明晰に現れるものでもないんだけど、それでも気持ちは近づいていくし、少しずつだけど相手のことが分かっていく。 二周目三周目と重ねるにつれ、そういうものが段々見えてきたのでした。


乙羽「夏休みは長いし、どうせならぜ~んぶ行けばいいよ!」
一馬「そうだな。いっぱい、いろんなとこ、行こうな」
フィア「うん!」
フィアが自由になったら。
それは、あの日にエルフに交わした約束を果たしたことになるのだろうか?
その約束を果たすことができれば、俺もフィアのようにどこかへ行ってみたいなんて思えるようになるのかも知れない。
俺は満面の笑みを浮かべているフィアの頭を撫でながら、そんな風にこれからのことを考えていた。

 明日の自分がどんな風にものごとを受け止めているか、そんなのはわからない。 わからないままそれをぼんやりと想うことの描き方が、いちいち鋭いことが印象深い。



  1. 筆者の把握している限りでは、だが。あと鈴蘭さんだけではなく那由他さんとかも結構謎だったりするんだけども……那由他さん、以前から一馬くんのこと知ってたの?