あやかし郷愁譚 ~雪御嬢 ゆき~

「犬神(いんがめ)ちゃん、うちと違うて、暑さにはもう強い強い――バス駅に着くなりな、『ついたぁ、ゆきちゃんまた後でー♪』……って、一直線に走って行ってしもうて――ああ、ゆきちゃんって、うちのお名前。
 えへへ、うちね、お名前、持っとるんよ? よかでしょう――♪
 むかーし昔に、お山に迷い込んできた麓の村のちぃちゃか子にな、ゆきちゃん、って……あ、ああ――そうじゃなく、今、犬神ちゃんのことやったとね、ふふ」(トラック2、06:10頃)1

 たとえば耳かきをしたり体を拭いたりする動作の合間で言葉が止まって、時間が流れて。前の言葉の最後の接ぎ穂が薄れて、聞き手の頭の中で残るか残らないかくらいに微かになった頃に、また次の言葉が訪れる。そんな風にゆっくりと間をあけながら、ときに話があちこち飛んだりしながら、少しずつ接ぎ足していくように連ねられていく言葉がある。

 そうしたゆきさんの口調には、どこか色気――性的なものというより、感情表現の派手さや、声調の詩的さという意味での色気――が控えめ、という印象がある。澄んだゆったりしたトーンで、散文的に言葉が綴られていく。それでいて彼女の声は、ころころと表情豊かで綺麗で、色彩に満ちあふれている。


「ん……あ、そうだ! ん、ふふ、ふふふっ…、ゆき、この体質やけんね、乾いた手ぬぐい、いっつもたーんと持ち歩いちょるけん――お兄さんの汗、この手ぬぐいで、拭いたげるね?」(トラック2、22:55頃)

 この笑い声は、おまけとして収録されている脚本を見ると、単に「えへへっ」とだけ書かれているものだ。けれど実際この静かに弾けるような声を聴いてみれば、とてもとても、そんな言葉に収まるものでもない。といって上の引用部の表記が正しいかと言えば、むろんそんなわけもない。笑い声にせよ、その後ろにある思考や感情にせよ、言葉に押し込めようにも、いかにも詮がない。

 それでもなお敢えて言葉を尽くすことに意味がある場合もあるけれど、ゆきさんのバリエーション豊かな笑い声2、言葉の合間に聞こえる息遣いは、無理に言葉を尽くすよりはむしろ、ただ虚心に聴いていたいと感じさせるものだった。

「とくん、とくん、て、何度も何度も……、あんまり暖かすぎるけん、ゆきは、雪御嬢やけん、――、――」(トラック6、14:40頃)

 息を吐き、そして吸う音、というのがこんなに印象深いものかな。派手さのない語りが、ただただ沁みます。



 余談。最初、郷愁譚というタイトルからは、田舎で癒やされるお話なのかなという印象を持っていた。ただ実際聞いてみるとこのシリーズはむしろ、あやかしのひと達が故郷のことを語るのを聞く、という要素のほうが強いようにも思われる。とはいえその語りの中身自体は「郷愁」とは少しずれたものでもあって、だからタイトルの受け止め方は私の中ではあまり明確になっていないところではあります。まあ、別に明確にする必要もないのだけれども。まだシリーズ作品を全て聴けているわけではないので、一つずつゆっくり聴いていきたい。


  1. 書き起こすにあたり、独自にリーダ等を補っています。あしからず。

  2. たとえばトラック5の16:00頃の笑い声なんかもとても好き。