ココロが繋ぐ恋標(1)

ココロ「ちがうの! ほんとにキレイなの! ほらほら!」
洸希「あぁん?」
ココロ「ほらほら! 見て見て!」
洸希「……あー、まぁ……そうだな……」
ココロ「でしょ? えへへ」
洸希「……何笑ってんだよ?」
ココロ「えへへ、なんか、嬉しいなーって」
洸希「何が? 夕陽が?」
ココロ「うん!」
「ココロがキレイだねって、言ったら、コウキがそうだな、って答えてくれるの。すごく幸せだなーって!」

 洸希さんの問いにはおそらく「夕陽が綺麗なことそのものがそんなに嬉しいのか?」という含意があったわけだから、その問いに対してココロさんが「うん!」と返したのは、会話としては少しずれていただろう。

 仮に打てば響くような間柄であれば、ココロさんはその含意を受け止めて「いいえ、そうではなくて、私が嬉しいのは……」って返したかもしれない。でもまあ、会話ってそんなに滑らかに流れるもんでもないですね。

 何かを伝えることって難しいとはよく言うことだけれど、その難しさって誤解とかすれ違いとか、そういった大仰なもののせいで生じることばかりではない。ちょっとした言い回しの含みが伝わらなかったり、茶々のおかげで話の筋道が脇にそれたり、そんなちょっとしたひっかかりや疵みたいなものはたくさんある。

 だから、ココロさんが体いっぱいで表現している嬉しさは、すぐに100%伝わるなんてことはない。 でも別にそれは不幸なことではなくて、細かな愛おしい疵のある会話を、いくつでも重ねていけばいいんだろう。


ココロ「あ……」
「……ココロも。怒鳴ってごめんなさい」
洸希「いや、いい。今のは完全に俺が悪い。すまん」
ココロ「……えへへ」
「コウキは、やっぱり優しいね」
洸希「優しい人間は、そもそもああいうことは言わない」

 ある種の噛み合わなさということでは、こういうやり取りも印象深い。真珠さんのお弁当の出来についてのやり取りとも、きっと構図は似ているかな。

 「優しい人間は、そもそもああいうことは言わない」というのはもっともな正論だ。 だから洸希さんが自分自身を優しいとは思わないことは、自分のことが見えてない、とばかりは言い切れない。

 といってもちろん、ココロさんの言い分が正しくないわけもない。 「優しい」なんて曖昧な言葉ではあるけれど、どうしたって洸希さんが誰かのことをとても真っ直ぐに想ってくれる人なことは疑いようがない。ココロさんも正論なんです。

 だから、二人の答えはきっとこの先も一致しない。

 それを視点の違いや立場の違いのせいと説明することは不可能じゃないけれど、いまいちどうもしっくり来ない。 二人は別に意見を争わせてるわけじゃないし、互いに対する無理解や誤解があるわけでもない。 二人の意見が溶け合わないからといって、それは不幸なことではない。