柏葉空十郎"妹ホーム"一巻

 高校生の兄と妹、兄妹ふたりで貧乏暮らし。理不尽というほど大げさでない、でも不幸でいまいち筋の通らないできごとがちょいちょい起きて、でも佑さんも真伊さんも高校生で力も経験もないからさ、毅然と対処できるでもなく頼りなくふらふらして、それでもまあそれなりに今のところは何とかなっている。そういう風情がなんとも安心できなくて、いちいちどきどきされられる。

 人を助けようとして痴漢魔扱いされちゃったのは、偶々相手が幼馴染の子だったので助かった。アパートから無理に追い出されちゃったのは、その幼馴染の女の子の事情に相乗りする形で何とかした。それでも佑さん達の事情を隠したままだから、やっぱりちょいちょい歪みが出た。
 「水道が使えないけど、事情を話したら追い出されちゃうかもしれないから水道は使わずに何とかしよう、どうせ貧乏暮らしには慣れてるんだから」そんな風にやってるんだけど、そんなのはやっぱり子供のやり口でさ。
 だけどよるべのない子供たちがふたりきりで縮こまって頑張って大人になっていこうとしているのに対して、筋が通ってないとか間違っているとか言ってしまうのも何か違うだろう。ここで言う「大人」っていうのは社会的責任がどうとかではなくて、二人きりで身を寄せ合って生きていかなくてよくなる「いつか」のことだ。

"おまけに高校卒業後の進路も、佑は通いながら給与がもらえる防衛大学校を目指していて、そのお金を妹の生活費にあてるつもりだった。
つまり今後三年間どころか、大学卒業までの七年先まで、綱渡りが続くのだ。
(ボクの人生に青春っていう文字はないよね)
それでも、モグモグと口を動かす妹の顔を見ていると、ちょっとだけこれから先の七年にも意味があるのかなと佑も思えた。
ただ未練がまったくないわけでもない。(…)
(ある意味、本当の僕の人生って七年後からスタートするのかも)"(62p)

 今はまだ、佑さんと真伊さんの二人は大人じゃない。それは、二人で身体を寄せあって四畳半一間のアパートで生きてく以外のやり方がわからないからだ。佑さんは真伊さんのことが、真伊さんは佑さんのことを心の底から信頼し愛しているから、別にそれ自体が不幸なことだと思っているわけではない。だからそうした「いつか」が来る日を必死になって待ち望んでいるわけではないんだけど、でも同時に、いつかそういう日が来るんだろうなあとはぼんやり思っていたりもするのでね。

 だから、兄と妹で二人身体を寄せあって生きてく「現在」と、そうでなくなるかもしれない/誰か妹以外の人と一緒に生きてくのかもしれない「いつか」と、別にどちらが否定されるわけでなし、どちらも多分大切でありうるものなのだろう。そして現実はどちらか一方で割り切れるもんでもないから、本当はきっとどちらもそれなりに絡みあって存在しているはずなんだよね。

"「でも、うち、男子とうもう話せんけえ、もしかしたら一生独身かもしれん。ほうなったら、さびしいけえ、お兄ちゃんの家の近くに住んでもええ?」
「いつか僕が家を持てて、そして真伊も一人だったら、一緒に住めばいいよ。真伊の部屋を必ず用意しとくから」"(222p)

 こんなごっちゃでよく分からない話をしながら、将来のことを考えてたり考えてなかったりする。


 例えばさ、先述した幼馴染の女の子ともあれこれ一悶着あったりするんだけど、それは別に彼女が悪い子だからトラブルが起きるというわけではない。そもそも人はそれぞれ他人同士で、簡単に通じ合えるものでもないから、よっぽど気遣っていてさえ上手くいかないことって当然にある。お金のことっていつだってすれ違いやトラブルのもとなのだし。

"もしかすると舞衣と美唯の側にはそんな意識などなくて、貧乏な二人が勝手にお金持ちの二人に負い目や引け目を抱いているだけかもしれない。
だから貧乏人のひがみといってしまえばそれまでかもしれないが、心苦しいものは心苦しいし、弱い立場にいると強い立場の者を怖いと感じてしまうのが人の常だ。
それでもこの部屋に帰れば、ささやかな幸せがあった。"(202p)

 そんな風に誰かと上手くいかなかった時、これまでずっと一緒に居て心から信頼して手をつなぎあえるような兄/妹がいることはひとつの救いだ。もちろん、だからといって、妹さえ居ればいいよとか他人と言葉を交わすことを止めようとか、そういう話になるわけでもない。
 妹は心の底から大切だけれど、それはそれとして可愛い幼馴染の女の子とお付き合いするのは吝かでないという、それはそういう当たり前の話なのだろう。

 そういういい加減さをときに人情と呼ぶのではないかとか、そういうことを思ったりもする。