IDOLY PRIDE/エピソード"星見編"

つらつらと。


渚さんのこと

渚「そうしたらそこに息を切らせた琴乃ちゃんが来て 私はノートを開いているところを見られちゃって」
牧野「琴乃、怒ったんじゃないのか?」
渚「それはもう……一生懸命に謝ったんですけど なかなか許してはくれませんでした」
「でも、絶対に友達になりたかったから諦めずに謝りました 何度無視されても、めげずに声をかけたりして……」1

 渚さんの語る過去はあまりいい話っぽく綺麗に整理されていなくて、そこには当時の二人の、中学一年生らしい幼さや乱暴さを含んだままの手触りがある。

 昔話というのはふつう、脚色されたり後付の言い訳が入ったりして、現在の自分に都合がいいように編集されているものだ。 それは換言すると、昔話にどんな脚色がされているか、されていないかによって、渚さんがいま何を言葉にしようとしているのかを想像することができる、ということでもある。

 ノートを勝手に見てしまったことも、その後も強引に何度も謝ったりしたことも、言ってしまえば結構野蛮な振る舞いではあって、イイ話と呼ぶには少々アクが強い。例えばこのエピソードを渚さんがTwitterにそのまま書いたりしたら、プチ炎上まで行かないにせよ、きっと色々と批判リプをしてくる人も居るだろう、という程度にはそうだ。

 でもそもそも渚さんは感動のエピソードで友情アピールがしたいわけではないわけで。 渚さんの語りには、なによりもまず琴乃さんと出会った当時の感情の昂ぶりと、今に至るまで琴乃さんに惹かれ続けている熱こそが息づいている。

 仄聞するところによるとIDOLY PRIDEという作品のコンセプトには、人間臭さや感情の生々しさといったキーワードがあったらしい。 嫉妬や欲望や怒りのような分かりやすく派手な感情こそを人間臭さと呼ぶむきもあるけれど、この渚さんの言葉に宿るものもまた、ある意味では"感情の生々しさ"なのかなとも思われもする。


遙子さんのこと

遙子「……たぶん昔の私なら それでもアイドルを続けるって言って聞かなかったよ でも今日、そういう道もありかもって揺らいじゃった」
「それはたぶん……自信がないからだよ 自分で自分の、アイドルとしての素質を……今の私は、信じることができなくなってるの」
牧野「なら、俺が信じますよ。俺だけじゃない、事務所のみんなも信じてる。それだけじゃ自信持てませんか?」
遙子「……それって、具体的には?」
牧野「え? ぐ、具体的にですか……?」
「そうだな……まず何より、努力を重ねてきた時間?」
遙子「そりゃ、みんなより年上だもん 当たり前じゃない」

 悩む遙子さんを励まそうとした牧野さんは、結局、遙子さんの気持ちを変えることはできていない……というより、変える必要がなかった。 遙子さんは自分がアイドルに向いてるという自信はないんだけど、だけどその上でこの先どうするかを自分自身でちゃんと決めることができているし、アイドルを続ける勇気が足りないとかでもない。

 結局、牧野さんができたことと言えば、ちゃんと上手く褒めてね?という無茶振りに頑張って応えようと試みることだけだ(なお全然上手く褒められなかった模様)。 迷った遙子さんがマネージャーに進むべき道を教えてもらったよとか、あるいは背中を押してもらったから前に進めたよとか、そういう流れにはならない。

 とはいえ遙子さんがトップアイドルになれるという自信が持てないのも、将来に悩んでたのも事実だから、 遙子さんがマネージャーに上手いこと褒めてもらって自信を得たいというのも、それはそれで当たり前の気持ちであって。 自信や自己肯定感なんてのはいくらあったって足りないときは足りないし、何かあれば簡単にどっかに消えてしまうような水物なのだから、最初からそれはふらついた話なのだ。

遙子「アイドルは、ずっとは続けられない限りのある夢だから でもだからこそ、素敵な夢なんだと思う だからこそ……眩しく輝けるの」

 そんな風にマネージャーにも褒めてもらって自己肯定感をちょっと充填して、最後に遙子さんはこんなことを言うわけですけれども、でもまあこれもちょっと変なセリフではあって。

 アイドルがずっと続けられない仕事なのは事実だろうし、遙子さん達サニピがいま眩しく輝こうとしてることも事実だが、別にその二つを結ぶ「だからこそ」という因果関係なんてのは、物語中には全く示されていない。 たまたま風の強い日に桶屋が儲かったからといって、別にその間に因果関係があるとは限らないわけで。 例えば「若いエネルギーを短い間に燃やし尽くすからこそ、あれだけ眩しく輝けるんだ」みたいな(物語中に1ミリも描かれてないような)理屈付けができないわけではないけれど、そんなのはただのこじつけでしかない。

 で、そもそも遙子さんのこのセリフが、この後の物語で何かしら意味を持ってくるみたいなことも別にない2。だからまあ言ってしまえば、この遙子さんのセリフはその場の勢いだけでふらっと主語のでかいことを口にしてしまっているだけで、特にそこに深い意味はない、という風に見えてしまう。

 だけど実際問題、テンション上がって何となく浅いこと言っちゃうのって、誰でもやるような当たり前のことではあるんですよね。 そういうとこ、遙子さんに限らず、出てくる人達は割と各人が好き放題に話してる感じがあって、やんちゃだなとも、エネルギッシュだなと思う。

 正しくなくていい、浅くていい、そういう勢い任せな言葉が伸び伸びと口にされてて、それでちゃんと人が魅力的なのは、いい作品だなあと思う。


麻奈さんのこと

麻奈「それでいい……良かった 私の知ってる牧野くんで」
芽衣「……どういうこと?」
麻奈「この人はね…… アイドルが好きなの」
「みんなを楽しませることが出来る、凄い力を持ったアイドルを見たい、育てたいって……誰よりも思ってる」
芽衣「…………でも……」
麻奈「それを邪魔するようなことは、絶対にしない」
「さくらちゃんやみんなのためにも、絶対に……」

 で、この辺のセリフの機微3についても書こうとしてたんだけど、書きながら、これはどうあっても野暮にしかならんなーと思って止めました。 これについてはあーだこーだ言うより、麻奈さんの口にしてたことは全部本当のことだったということにして、ただ胸に仕舞っておけばいいんだと思います。

 たぶん麻奈さんと牧野さんの物語はきちんと閉じられないままに終わってしまったんだけど4、 でもその話がこの先掘り返されることはきっとないのだろうし、それはそれでいいのだと思う。 なので、モヤモヤはモヤモヤのまま飲み込んでおくのが一番誠実な受け止め方なのかなと。



  1. ゲームの仕様上、セリフの切れ目が明確ではないので、セリフの切れ目を筆者が独断で編集しています。

  2. 少なくとも星見編では、筆者の見た限りはなかったはず。このセリフを麻奈さんの夭折と結びつけるのも、麻奈さんが夭折しなかったら今より輝きが薄れてたのか?と問われたらそんなことはないだろうから、普通に無理筋だろうと思う。

  3. 牧野さんの優先順位が「トップアイドルを育てたい」が一番で「さくらちゃんやみんなのため」が二番目みたいな言われ方をしてるけど……みたいな話。

  4. 未実装のFirst Step編も読まないとわからないところはあるんですが、多分。