伊東ちはや"妹がゾンビなんですけど!"

"姫ノ香は――。
ヌルホテリア星人の説明を聞いて、泣いていたという。
――兄は永遠に変わらない自分を求めている。
そう勘違いした彼女は、己の肉体を呪うように忌み嫌った。"
(192p)

"チョコレート、菓子パン、オムライス、ステーキ、菓子パン、コンビニ弁当……それから、例のアレ。これだけ食べてもお腹がすいたよ。"
(114p)

 なんてのかね、お腹がすくとか、自分のなにかがお兄ちゃんに愛されないというのはさ、寂しいとか、辛いとか、悲しいとか、欠落だとか、寒いとか、うつろだとか、そういうものとは違うのだと思う。確固たる「自分」がいて、その上で「何か」が欠落している、そういうことじゃなくてさ。「無い」ことさえ無い、ということなんだと思うのね。暗闇に座るひとが自らのかたちを捉えられないように、自らの食べるべきものを見いだせないままお腹をすかせるひとは、ただひたすらによるべがない。
 ヌルホテリア星人のくだりもゾンビの食欲も、ある種ナンセンスだからこその強い強い切実さがあって、鮮烈だ。そしてそれだからこそ、ゾンビになってしまった妹の姫ノ花さんのために女装する風貴さんの真っ直ぐさが、ただ眩しい。


 それとね、風貴さんが姫ノ花さんのそうしたよるべなさを知るのが、他人から聞かされたり、日記を盗み見てしまったりすることによるのが印象深かった。
 姫ノ花さんは誰よりも大好きなお兄ちゃんの前で自分を取り繕ったりなどしていなくて、基本的には、いつだって素直に天真爛漫な笑顔でいる。その姿は100%本当で、嘘なんてないのだけれど、それでもやっぱりお兄ちゃんの傍でない場所には、別の姫ノ花さんがいる。それは、そういうものだとしか言いようもないのだろうけれど。でもお兄ちゃんにとってはなんというか、ひどく驚くし、ショックでもあることだろう。