のまみちこ"ちえり×ドロップ"

"大樹くん、来てるんだ。
ちょっとだけ、息をつく。イヤじゃないんだ。でも、うれしいかと聞かれると……。この気持ちを、なんで言っていいかわからないんだけど。
「チエリ、帰ってきたの? おかえり」
優しい声が台所の方から聞こえてくる。"

"「もう、チエリは子どもじゃないよな」
そう言って、チエリを見る。優しいのにどこか強さがあって、温かいのに少し暗いような、そんな目をしてる。
「チエリはまだ、子どもだよ」
だから思わず否定しちゃう。大樹くんに比べたら、チエリは全然子ども。大樹くんはチエリの二つ上の――大人だ。"

 ちえりさんはおばあちゃんと二人暮らしで、二人とも料理が上手じゃないからと、従兄の大樹くんが料理を作りにやってきてくれる。どちらも本当に優しいいい人なのだけれど、ちえりさんの中には、どうしようもない息苦しさ、戸惑いがある。
 別に、実は嫌なところがある人で、とかそういうのではない*1
 別に、実はこういう所に馴染めなくて、とかそういうのでもない。


 そういう、なにが間違っているわけでもないのに生まれてしまう、チリチリするような不穏さ、息苦しさを拾い上げる手つきが非常に鋭利だ。大樹くんは大人だ、という言葉にあるように、その息苦しさの源のひとつはきっと、見て/考えて/感じていることが、違う場所にあることの怖さなんだろう。
 同じ場所にいて違うものを見ているってのは、特になにも怖くはない。他者であればそれは当たり前のことなのだし。だけど側にいる相手が違う場所にあるものを見ているというのは、怖いよね。本当に怖い*2


 だからこそ物語中盤で不意にちえりさんのもとを訪れた偶然の出会いが、心の底からありがたかったですね。恋とかそんなんじゃなくて、それはちえりさんにとって「違うこと」の怖さを抱かなくて済む出会いだった。そしてそれがちえりさんにとって、向き合っていくためのきっかけになっていって。この関係、ほんと素敵だなあ……。年下なのがあまりにも素晴らしい。

*1:別におばあちゃんや大樹さんが完全無欠の聖人だとか言ってるわけじゃなくて。そうでなくて、ちえりさんの苦しさの「原因」がおばあちゃんや大樹くんのよこしまさに求められるわけではない、ということ

*2:別に虚空を見つめる飼い猫とかの話をしているわけではないが、でも怖さの源は同じことだとも思う