枯れない世界と終わる花(2)

"アカリ「私も看取られるなら、ユキちゃんがいいわ」
「残される側の気持ちを分かっていながら……」
「”娘”にこんなことを頼むのは、酷い母親気取りだとも思うけれど」
呟くようにそう言いながら。
傾いた柔らかい陽射しに包まれて。
アカリさんは、ただただ優しく目を細めていた。"

 "柔らかい陽射し"という表現は昔から好きで、冬の朝や午後のたよりない陽光に実に似合う言葉だと思っている。陰日向をはっきりと分かたない、どこか曖昧な散乱光を表す言葉だ。そしてそれに続く"ただただ優しく目を細めていた"という表現は何気ないようだけれども、本当に、この作品一流のものだろうと思う。
 例えば「微笑んでいる」と言っても「穏やかな表情」と言っても、そこには解釈が含まれてしまう。べつだんそんな意図はなかったとしても、不用意な言葉遣いは、なにかを決めつけてしまうことに繋がることがある。
 ショウさんは真面目な人だけれど、真面目に過ぎて、そうした決めつけをいちいち慎重に回避してしまう人だと思っていて。"俺には想像も出来ない苦労が"とか言っちゃうわけですよ、この人は。それは全くその通り、文句の付けようもなく正しくて誠実な態度なのだけれども、それにしたって……とは思うわけで。

 この作品では、物語の多くの部分がそうしたショウさんの一人称によって語られることについて、色々と意識的な構成がなされている。このショウさんに"目"が描かれておらず、過去の回想のとある人物に"目"があることについて最初は違和感を抱かされたのだけれども、それも実は意図的な演出だった*1

 そしてその真面目さ故に、"約束"に関するショウさんの言動はしばしば分裂している。読んでいる側としてはその分裂がショウさんの真摯さから出たものと分かっているから否定しようもなくて、けれどそれがあまりに息苦しいものだから、正直に言えばだいぶしんどい思いをさせられた*2


"コトセ「恋愛なんて考えたことなかったけど……」
「でも、こういうのがすごくいいなって」
「こういう人に憧れてたような気がするって。そう思ったの」
くす、と幸せそうに目を細める。
ショウ「昔に読んだ本の影響、とかかもな」
「……思い出せないくらい、昔の」
コトセ「そうだね。そうかも知れない」

 でもね、二人、ベッドの中で互いの体温を感じながら、こういう言葉がふっと出て来たりもするわけです。
 暗がりでしか生まれてこない言葉っていうものがあるよね。恋とかそういうのを必要条件とせず、選択肢と関係なくこのひそやかな時間があるところが、優しくて好きなんですね。
 道理としては、"目"のないショウさんは、コトセさんのこれまでにもこれからにも寄り添うことはできないでしょう。それはコトセさんのことを好きと言おうが言うまいが変わらない。ただ、暗闇の暖かさというのは時間や因果を曖昧にするものでもあって、その中でふと遠い記憶かなにかのようなものが蘇ったりすることには、別にものの道理とかとは関係ないよねとも思うわけで。

*1:一枚絵"そして花になる"の現れるタイミング参照。

*2:というかね、ハルさんとレンさんの時にショウさんが言い出したあの悪質な詐欺みたいな理屈は心の底からどうかと思います……。ほんとヒドい。