夏恋ハイプレッシャー(1)

 飾らない言葉の端々がいちいち精度高くて、読んでて幸せな作品でした。大好き。

"月「冴子先生、違いますってば。空ちゃんとは恋人じゃなくて、血の繋がってない心の双子なんですよ? ちなみに私がお姉ちゃんです!」
「なぜわたしがお姉ちゃんなのかと言うと、空ちゃんのお父さんお母さんからも『月ちゃんは空のお姉ちゃんみたいだねぇ』と言われていて――」"

 いやもう冒頭のこの言い草からして、とても好きでねえ。
 一緒に育ったからって、どっちが兄か姉かなんて、決めてもいいし決めなくたっていい。でも幼い頃に大人からふと言われたことが心に残って、自分のあり方や意識を規定するものになることって、あるよねと思うのですよ。きっと言った方は、さして深く考えて口にしたことではないと思うのだけれども。
 姉とか兄とかなんて、理由がないのがいいと思うんです。誰が誰の面倒を見るとかそんなんじゃなくて、何気ない言葉を大事に持ち続けてることがよすがでいい。


"朱鳥「あの、夕真から聞いたんですけども、高宮センパイって一昨日くらいに編入して来たばっかりなんですよね?」
「その割にめっちゃ自然に溶け込んでますけど、何か秘訣があるんでしょうか!」
空「ブレないことかな。あとは空気を読みつつ時に流され、時に受け流して」
(…)月「こら、空ちゃん。真面目な後輩ちゃん二人に適当なこと教えちゃダメでしょー」"

 いや実際、言われてみると空さんはずいぶん自然にさくら湯の中に溶け込んでいるのだよね。それは朱鳥さんがびっくりするという程度には非自明なこと*1ではあって、でもそれは別に空さんのコミュニケーション能力が高いからとかじゃないし、空さんの性格だの能力だのが誰ぞのお眼鏡に適ったとか、誰と特別に趣味が合うとか気が合うとかノリが合うとかっていう話でもない。さくら湯の面々だって懐は広いけど、誰でも彼でも同じようにしたというわけでもなかっただろうし。
やっぱり最初のキッカケとしては空さんが月さんの"弟"だったっていうことも大きかったとは思うし、空さんも弟気質の強いいい子なんだけど、でもなんか結局、そこに大した理由はなかったように思う。空さんの人柄とかさくら湯の面々の人柄が噛み合って、たまたまそうなったのかな、というか。

"美咲「ふーん、そうなんだー? やっぱそうなんだー?(ニヤニヤ)」
空「何その愛想スマイル。何がそうなのさ?」
美咲「あたしが持つって言っても、何だかんだ言いながらあたしには持たせないくせにーってこと」
「ほら、息も上がってるし汗も出てるし腕もぷるぷる言ってるけど大丈夫?」
空「全然大丈夫じゃないッス。今にも死にそうッス。男はつらいッス」
美咲「あはは、そうだね。でもそういうつまんない意地張っちゃう男の子って可愛いなって思うよ、女としてはさ」
「じゃあ最後まで意地張り通したら、お望み通り可愛く褒めてあげるわよ? ほーら、頑張れ頑張れ男の子♪」
そう言いながら俺の背中をぽんぽんと叩く。
……本人は無自覚なんだろうけど、これだけで十分可愛くてやる気出ちゃいますハイ。
こういう女の子が上手く男を転がすって言う女の子なのかもなぁ。
転がされてる側も嬉しいWin-Winの関係と言うか。"

 ここでも別に空さんは、ことさら美咲さんを女子扱いして荷物持たせないわけでもないとは思うわけですよ。そういう、「敢えて」異性扱いしちゃうような距離感じゃあない。でもそうは言っても、ギリギリ持てそうな荷物だったら、つい一人で持とうと頑張っちゃうわけじゃないですか。それが美咲さんにとってはくすぐったくも可愛らしい、意図せずに零れたオトコノコっぽさだった。逆に、美咲さんが背中ぽんぽんしてくることは、空さんにとっては無自覚なオンナノコっぽさだったわけですよね。
 飾らずに居るからこそ、「敢えてしているのではない*2」ものごとについ異性っぽさを感じてドキドキしてしまうようなこそばゆさが高まるのだよねと思う。こんな風に美咲さんに対して空さんがたまに童貞力が超上がっちゃうとこ、ほんと好きですね。個別ルートのお見舞いの辺りとか、完全にラブコメヒロインしてましたからね、空さんが。

*1:会って数日で仲良くなれるのが当たり前、ではないのだ、というかね

*2:より正確を期すならば、「敢えてしているのではないという了解の上で行っている」と言うべきだろうけれど