弥生志郎"ドリーミー・ドリーマー"

 大掃除してたら買った覚えのないラノベが出てきたのだけれど、読んでみたらとても面白くて、勢いのまま感想を書いた次第。

"「それは分からないけど……多分、私が現実で願ったからだと思う。こんな世界になればいいって。現実にいる私は自分自身が大嫌いだった。生まれ変わりたいって、普通の女の子になりたいって思っていたから。(…)」"(176p)

 たとえば夢のような世界といったとき、それは夜見る夢のことを言うのか、それとも昼の夢のことを言うのか、あるいは単にfantasticというほどの意味なのか。
 彼女自身は、この世界にはきっと自分の願望が反映されているのだ、と語るのだけれど、ギャルゲー"ドリーミー・ドリーマー"を下敷きにしたかのような世界で、ループする日々を経験した樹くんが見てきたもののことを考えれば、それは多分、そこまで単純なものでもない。
 そして、彼女の「現実」へと向かった樹くんがそのことを知るところが、ほんと好きなのね。


 わけもなく自分を好きでいてくれる(ように見える)友人は、嬉しくともどこか居心地悪くもある。
取り返しの付かない罪は、取り返しの付かないものだからこそ何をすることもできない。
苦痛の中で、ためらい傷のように死のことを思い、けれど踏み出しきれない。*1

 樹くんが感じてきたそうしたことごとには、彼女の、彼女を取り巻く世界への、夜見る夢のように無意識めいた、愛情や後悔や願望がこめられていた。二週間ごとにループを繰り返す書割めいた世界に、優しく触れてくる想いも、ノイズのように入り込む異様で痛々しい出来事達も、どちらもそれゆえのものだったのだと。
 彼女の抱えていた、彼女を取り巻く人々へのその想いを、樹くんがいまや少しだけではあるけれども共有していたというこの不思議な成り行きは、実際fantasticな、「夢のような」ことであったよね。

 言葉よりも饒舌な、切実な夢のお話でしたん。

由無し事

  • 些事ではあるけれども、とある人物について、容姿が美しいとは一言も語られない辺り、生真面目だなあと思う所。別に、もしそうしなかったからといってどうだという訳じゃないのだけれど。
  • この作家さんは本作がデビュー作らしいのだけれど、ぐぐってみたらちゃんと刊行が続いていて、今年八月にもちゃんと新刊出してた模様。非常に嬉しい。

*1:樹くんは欄干から身を投げるけれど、そこで、どうせループするという意識が無かったかといえば、そうではないだろうとは思う。"「死んだらどうなるんだろうって、何度も考えたことがあるよ。でも怖くてそんなこと出来なかった。生きることも怖いくせに、死ぬことだって怖いの」(242p)"こんな風に、空想しつつも踏み出しきれない、どこか非現実的な「死」のイメージを描き出している辺りも、この作品の特色の一つかな。