CUE! / エピソード"リンケージ・マイナー"


 関係性という言葉は、AさんはBさんのことをこう思ってこう接していて、BさんにはAさんがこう見えていて……というような、互いの主観をまたぐ、一歩引いた場所から見ることで成り立つ言葉だろう。でもこのCUE!という作品を読むにあたっては、そんな場所に立って見えてくるものは、多分そう多くない。


鳴(今日の大型アプデ。強武器も下方入ったみたいだし、早くやりたい……。)(…)
鳴(今日は張り付く。絶対に。)
利恵「ふふ、じゃあ帰ろ?」

(※引用者注:アイキャッチと場面転換)
鳴(……で、なんで今ここにいるの……?)
凛音「すごいよみんな! あっちに羊がいるんだってー!」
聡里「ちょっと凛音! 急にどこか行くのは止めてってば!」
利恵「いきなり電車から降りちゃうんだもん……。我輩もちょっと寄りたいとこあったのにー。」

 久々に四人揃って同じ現場で仕事した帰り道、鳴さんは早く寮に帰ってアップデートされたゲームがしたいと思っていて。 だけど凛音さんの突然の行動に利恵さん聡里さんも引っ張られて、あれよあれよと鳴さんまで遊園地で遊ぶことになってしまった。 とはいえ別に縄を首にかけられて無理やり引っ張ってこられたわけでもなし、鳴さんは自分の足でついてきたのも事実ではある。

 だからこの突然の場面転換は、そんな自分が何故ここに居るのかがぴんと来ない鳴さんの心情に寄り添った、彼女自身の主観に映る景色であろう、と思われる。


聡里「でも……、最近、ちょっと考えることがあるの。」
鳴「考えること?」
聡里「こういう機会って、次いつあるかわからない。もしかしたら、これが最後かもしれないって。」
鳴「……。」
聡里「そう思うと、もったいないのかなって。」
鳴「……そう。」
聡里「……変だと思う?」
鳴「ううん。間違ってないと思う。」
聡里「ふふっ、ありがと。」
「だから、今日はみんなに合わせようと思っているの。たまにはね。」
「私たちは私たちで楽しめる部分だけでも楽しむ。それでいいんじゃない。」
鳴「……そうだね。」

 そのぴんとこない心境に対して「鳴さんは、自分ひとりで好きなゲームをする時間より、仲間と過ごす時間が大事だからこそ来たのだ」という説明をつけるのは、完全に的はずれなわけでもないだろうが、正確でもあるまい。

 みんなに合わせると言っても、たとえば聡里さんも途中で資料館に一人で行ったりもしてるし、いつでも一緒に過ごすという意味ではない。 そもそもここでの会話は、チームの四人がいつか離れていくことを前提としてなされているのだし。

 だから、なんていうかな。一人で過ごすより皆で過ごす方が優先だと四人全員が考えてたみたいな、そんなはっきりした優先順位があるわけじゃないですね、と。


 二人だけで過ごす時は、どこに行くかも何をするかも、お互いの意思をひとつひとつ丁寧に確認しながら決めていくこともそう難しくはない。 でも「ひとが三人以上集まると社会ができる」と世に言う通り、三人、四人と人数が増えていけばいくほど、意志決定の経路は複雑にも曖昧にもなる。

 四人が遊園地を訪れ、駅のお茶屋さんで夕暮れの時間を過ごした出来事は、成り行きもそうでないものも含んだ様々な気持ちによって駆動されていて、そこにはグループとしてのまとまった意思みたいなものがあったわけではない。

 だけど、うつろっていくその瞬間を大事にしたいという気持ちだけは、間違いなく四人全員が共有していたんだろう。


利恵「うぅ……、行けると思ったんだけど……。」
鳴「はい、お水。」
利恵「ありがと……。ごめんね、手間かけさせちゃって。」
鳴「いいよ。利恵のおかげで凛音さん、すごく楽しそうだったから。」
利恵「そうかな? なら良かった。」

 ここで利恵さんが、凛音さんに対してはカッコつけつつも鳴さんと二人になったらへろへろな姿を見せてることを、「鳴さんは特別だから」という理由だけで説明してしまうのは、あまりうまくないように思われる。

 もし仮に利恵さんが鳴さんを特別扱いしていたとすれば、それは凛音さんを会話の除け者にするということだ。 でも実際にはこの会話では鳴さんが「凛音さんを楽しませてくれたことを利恵さんに感謝する」ことで、凛音さん側に立つ形になっている部分さえある。

 ここにあるのは利恵さんと鳴さんの二人だけの関わりではない。ちょっとした言葉のかたちに現れるそれが、くすぐったい。


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鳴「……ねぇ、利恵。」
利恵「ん? どうしたの?」
鳴「変わったよね。みんな。」
利恵「……うん、そうだね。」
鳴(2人だけで見ていた世界。)
(でも、今は……。)

 きっと鳴さん達の変化というのは不連続なものじゃなくて、今この瞬間にすらちょっとずつ変わっていくような類のものなんだろう。 5月末の初夏の夕暮れはあっという間にうつろっていくもので、実際この時間が一瞬のものであるのだろうことは、このエピソードを読んでいて、まさに肌身に感じられることだった。

 でもその橙色の陽射しには、ともすれば軽く汗ばむくらいの熱があって、そこにはセンチメンタルさやメランコリックさのようなものは欠片もない。 そんな夕暮れのなかの四人それぞれの身の置き方が、とてもよいイラストだったと思います。

 少しだけくにゃりと背を丸めて、柔らかな眼差しで暮れなずむ世界を見ている鳴さんの姿がいっとう好きですね。 どこか無防備にも見えるくらいに力の抜けた自然体のままに利恵さんと手を重ねている、その身体感覚がすごくいい。