CUE! / エピソード"Secret Garden"


 まほろさんが結構びっくりするようなこと言い出すんですけど、詳しく聞いてくとなんだかこう微妙に言いがかりというか、絡み酒っぽい雰囲気も漂いはじめる。いやいやまほろさん、「抱えた闇」て。

まほろ「あのさ、美晴。前から聞きたかったんだけど。」
美晴「なあに?」
まほろ「あんた、ちょっと不自然なんだよね。」
美晴「え? なあに不自然って?」
まほろ「あんたのその人格っていうの? ちょっと、出来すぎてるっていうか。」
「ほら、言うでしょ? 強く輝く光ほど、抱えた闇は深いって。」
美晴「やーだ。わたし、それほど強く輝いてるつもりもないし、闇も抱えていませんけど。」
まほろ「昔、何かあったりしたんじゃないのかなっ、てさ。今でも癒えないトラウマみたいなの。」

 もちろん人の心の中なんて分からないものだし、仮に美晴さんの過去に思わぬ事件やら秘密やらがあったっておかしくはない。

 (2020-10-25追記:先日実装されたイベントストーリー『夢現即興曲』では、美晴さんの過去についてのまほろさんの発言1が真実をかすめてたのかもしれないことと、だけどそれは抱えた闇などではないということとが語られていたと――だからやっぱり後述する"トラウマが今の美晴さんを規定しているわけではない"という見方は正しいのだと――勝手に受け取っています。)

 でも美晴さんが美晴さんであること、美晴さんの振る舞いや言葉は、 揺るがぬ信念や過去のトラウマといった、くっきりした輪郭を持つ何かに基づいているわけではないだろうと思っている2。 まあそもそも美晴さんって別に光り輝く善人を演じてる風には見えない、というのもあるけど3

 まあまほろさんも、もしかしたら本当に美晴さんにはそんなドラマティックな事情があるのかもなんて思ってはいても、 トラウマ云々はそこまで本気というわけでもなさそうには見える。 ただ、隠しごとの話題になって、美晴さんって出来すぎでズルいよなあと普段思ってたのを、お酒の勢いや、話の矛先を自分から逸らすためもあってつい口にしてみたのかな。


 かように、まほろさんは今日はまほろの話はなしだからなんて言うし、美晴さんは美晴さんでにこにこしながらまほろさんのことばかり聞きたがって、互いに互いが相手の隠し事を聞きたがる夜だった。

美晴「ねーえ、まほろ、人の話の途中で、話題変えるのずるい。」
まほろ「いやいや、今日はまほろの話は無しだって言ってるじゃん。」
美晴「ええ、それ、後出しじゃない?」
まほろ「美晴のほうこそ、いつの間にか人を自分のペースに取り込んじゃうしさ。」
「ほんと、上手いっていうか、なんていうか。自然とそうなる、天性のオーラっていうか。」

 それは傍から見れば、ただの酔っ払い同士の、詮ないばかりの水掛け論だ。 だけどそのとりとめのなさをこそ、何より大切なものと感じる……そんな夜でもあったのです。


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©Liber Entertainment Inc.

 実際、まほろさん自身の言うよう、お互いに口にしてないことなんかいくらだってあるだろう。 トラウマだの心の闇だの、そんな大層なものでなくたって、毎日いろんなことがあるのだし。

 例えば自分の持ってないものを持ってるように見える人をずるいなって思ったり、 相手が悩みを自分にだけ打ち明けてくれないように見えて4なんだか寂しかったり、 仕事で上手くいかなくて自己嫌悪に陥ったり……でもそんなの別におおっぴらに口にしたいものでもないし、 そもそもそうした気持ちが胸をよぎったとしても、それをはっきりと自覚する前に曖昧になって他の気持ちに紛れちゃうことだって多いだろうと思います。 そういう表に出したくない気持ちっていうのは、自分であえて自覚したくないような気持ちであることだって多いのだし。

 もちろんそういうものだからこそ見せてほしいとも思うんだろうけど、 でもそんな気持ちについて「これこれが私の秘密です」なんて身構えたような説明をしたところで、それはきっと感じたことそのままの形ではない、どこかしら嘘っぽさを含む語りになる気もしてしまう。 意図的な嘘じゃなくて、無意識に話を創り上げてしまったり、言いにくい部分や表現しにくい部分が抜け落ちてしまったり、そういうことはどうしたってあるので。

 だからそんな隠しごとを教えてって言われたって困るものだし、それよりそっちの話を聞かせて、なんて言い返したくなるのも道理といえば道理だ。 まあ両方ともがそれを言い出すと、こういう水掛け論になっちゃうんですけどね。


美晴「うふふ。……そう言えば、他にも聞きたいことあるの、わたし。」
まほろ「何?」
美晴「まほろ、莉子と仲良すぎじゃない?」
まほろ「はあ!? 何言ってんの? 全然そんなことないんだけど。」
美晴「それとも、絢との仲のほうが、いいのかな?」
まほろ「いや、それもそれで無いし。」
美晴「うふふ。ムキになって否定するところをみると……。」
まほろ「ああ、もう、まほろの話は無しだって言ったんだけど!」
「っていうか、ほら! いつの間にか美晴のペースになってる。」

 でも考えてみれば美晴さんはこのとき、まほろさんの隠しごとについて尋ねてるんだろうか、それとも自分の普段口にしない気持ちをこっそりと明かしてるんだろうか?

 まほろさんが隠してるものを知りたくなる気持ちは、美晴さん自身が隠している(たとえば焼き餅めいた)気持ちと、なんだかどこかで繋がっているようにも思える5。 冒頭のまほろさんの問いかけも実はそれとよく似ていて、美晴さんの秘密を尋ねてるようでいて、まほろさん自身の屈託を明かしてしまっているようでもある。

 だから、つい胸の奥にしまい込んでしまった気持ちは、教えてと「言われた」ときよりも、教えてと「言う」ときにこそ、思わず少しだけこぼれ落ちてしまうものなのかもしれない。 だけどまほろさんはそんなことには気付かないで、いやいや今日はまほろの話じゃなくて美晴の話を聞く日なんだけど、なんて言い返すのです。


美晴「うふふ。あ、それでね、まほろ。あのね……。」
まほろ「何よ? まほろの話は無しだからね。」
美晴「えっとね……。」

 この後、お酒をちびちび飲みながら二人がどんなやり取りをしたのかは、秘すれば花とばかりに描かれないのだけど(まあ単純に尺の都合というやつもあろう)、きっと色んなことがぽろりぽろりと話されていったのでしょう。

 お互いの隠してるものを教えてって子供っぽく言い合う、この夜のとりとめのないやり取りは、とりとめのないものだったからこそ、二人をまた一歩だけ親密にしたのだと思っています。



  1. 上記引用部の直後の言葉が、あるいは、おそらく。どうあれ憶測にしかならないんですけどね。

  2. 前にTwitterにも似たようなことを書いた気がする。この辺については"雲がちぎれる時を"の話で改めて触れておきたい気持ちはあります。

  3. 例えばメインストーリーWind編の"こんいた"原作者さんとのやり取りとか、わざとやるにはあの振る舞いは嫌味すぎるわけで、いやさすがにわざとじゃないでしょうとは思う(背理法)。

  4. 反省会しようって誘ったけど袖にされちゃって拗ねてたら、まほろさん一人で飲んでたんだもんなあ。

  5. だからといってここで、美晴さんの隠しごととは、まほろさんが莉子さん絢さんとばかり深い話をしてて、自分が除け者になってるように見えて妬いていることなのだ――などと合点するのも違うだろう、ということは確認しておきたい。美晴さんはそうは「言っていない」からです。美晴さんの中にどんな気持ちが隠れているのか、それを決める権利があるのは美晴さんだけだから。だからやっぱりここでは、隠しごとはちゃんと隠されたままなのです。